旅  行

    
              エジプト旅行記

夫婦でエジプトを旅行してきました。(平成22年12月10〜17日)
阪急交通社の「感動のエジプト紀行8日間」に参加


1日目(12月10日)

  
関西国際空港に19時45分集合です。参加者は24名です。  

  出発便はエジプト航空963便で、ルクソール直行です。
  機体は4月のフィンランド航空のものに比べると相当古そうです。
  画面は個人用ではなく、その映像も乱れています。
  機内は9割程度の客で、皆スリッパなどを準備し休む体制です。
  予定の21時45分より少し早く出発しました。
  離陸に向けてエンジン全開です。身体に圧がかかります。
    
  窓を見ると炎が見えます。
  急ブレーキ。エンジントラブルです。きな臭いにおいもします。
  機内は冷静です。片側のエンジンで自走もできます。

  駐機場所に戻り、エンジンの点検が始まりました。
  しかし、同じ機体では出発したくはありません。

  おにぎり1個が配られますが水などはありません。
  (要求した場合には提供されました。)
  1時間程度の点検後、機長よりキャンセルのアナウンスがありま
  した。
    
  航空会社が準備したホテルに向います。
  ホテル到着後、出発便が確保できた段階で連絡するとの話があり
  ました。旅行キャンセルの申し出もあります。
    
  各自部屋に入ります。1時を過ぎています。
    

2日目(12月11日)

  
6時30分添乗員からの電話、睡眠不足です。
  状況を7時30分にロビーに掲示するとのこと、進展がないのであれば
  電話が早すぎ!!
    
  9時、10時に電話があるが、進展はないとのこと。
    
  11時、荷物を持ってロビーに集合との連絡がある。
    
  エジプト航空の成田発カイロ直行便を関西空港に下ろすことに
  なったとのこと。
  15時30分発で、カイロには現地時間22時30分の予定。
  国内線でルクソールに向うことになり、連絡が上手く行けば到着は
  午前2時頃になるとのこと。
    
  旅程は1日分はキャンセルとなり、日本へは予定どおり12月17日着で
  実施するとのこと。参加者は6名に激減です。
    
  予定より遅れて、16時10分関西空港を飛び立ちました。

  機体は新しく、個人用の画面で日本語で見ることができます。
  日本の中心成田空港に投入する機種はやはり違うのか?

  機内食は2回出ました。普通です。 
    
  カイロで現地ガイドと合流しました。
  3日目の旅程が基本的にキャンセルとなりました。
    
  ここでまたトラブルです。ルクソールに向う国内線に8名全員は
  乗れないとのこと。添乗員が残り翌日の早朝便で合流することで、
  他の者は搭乗する。結果的には、添乗員も同じ便を利用する。
    
  ルクソール空港には午前2時に着きました。人もまばらです。
  (最後の写真)

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3日目(12月12日)

  
2日目に観光する予定のルクソールをまわる。
    
  先ずルクソール東岸のルクソール神殿からです。
  主要部分は新王国時代(BC.1567〜BC.1085)第18王朝の
  アメンヘテプ3世によるもので、その後ツタンカーメンや第19
  王朝のラムネス2世によって増築されました。
    
  @第1塔門は高さ24m、オベリスクは25mでラムネス2世の建立
  です。対になっていたもう1本のオベリスクはパリのコンコルド広場
  にあります。

  Aツタンカーメン王とアンケセナーメン王妃です。

  Bカルナック神殿の前には羊の頭のスフィンクスが並びます。

  C大列柱室には134本の巨大な石柱があります。
  Dそして、天井にはレリーフが見られます。

  E次に香水瓶の店に行き、土産物を買います。

  Fアスワンで乗る予定のファルーカ(帆掛け舟)で対岸に向い
  ます。ここでまたもやトラブル。水上警察とおぼしき船がきて、
  船長と話し合いです。もとの岸に戻り、エンジン船に乗り換える
  ことになりました。

  G続いて、ルクソール西側に向います。
   
  H先ず王家の谷です。
  全部で63の墓が発見されており、新王国時代の歴代のファラオが
  埋葬されています。カメラは持ち込み禁止です。

  現地ガイドは、人が少なくゆっくり見られるように旅程を柔軟に
  変更して案内してくれました。そのおかげで、ツタンカーメンの
  墓も貸切状態でした。
    
  他の観光客のいない墓に入りましたが、職員が親切です。
  添乗員に現地語で説明しています。現地ガイドは腰を痛めており奥
  まで降りてきません。石棺の安置している場所では、立入り禁止の
  石棺の下をくぐることを勧めてくれます。
    
  添乗員がそれなりのチップを渡したそうです。
  職員はその額に不満なようで、なにやら色々と言っています。

  I次に、ハトシェプスト女王埋葬殿の観光です。

  J最後は、高さ21mの巨大な一対の坐像、メムノン巨像です。

  今日はアスワン泊です。




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4日目(12月13日

  
ホテルから船に乗って出発です。少し肌寒い感じです。
  @途中にはアガサクリスティが宿泊したホテルも有りました。
    
  A専用バスで、先ず当初3日目の旅程に組まれていたアスワン
  ハイダムに向います。アスワンハイダムは、1970年に完成した
  幅3,600m、高さ111mの世界有数の大規模ダムです。
  B近くにはダム建設の記念塔もありました。

  C空路アブシンベルに到着です。

  Dアブシンベル神殿に向います。

  E先ず大神殿です。
  大神殿はラムネス2世によって建造された岩窟神殿です。
  アスワンハイダムの建設で水没の危機にさらされましたが、
  ユネスコの協力で移転・保存されました。
    
  正面にある高さ20mの巨大なラムネス2世の坐像の足元に入口が
  あり、内部には8対のラムネス2世の立像のある列柱室などがあり
  ます。なお内部は撮影禁止です。

  F小神殿はラムネス2世が愛する妻ネフェルタリのために、
  愛と美の女神ハトホルをたたえてつくられました。

  G昼食はアブシンベル空港で弁当です。
  その後、空路カイロに向います。

  Hパピルスの店に行き土産物の購入です。

  Iホテルに向う途中でピラミッドを見ることができました。

  今日からカイロ3連泊です。


  

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5日目(12月14日)

 
 @ホテルから臨むカイロの朝
    
  Aギザのピラミッドに向うバスからもピラミッドが見えます。
  ピラミッドはまちの近くです。

  Bギザのピラミッドの中でも一番大きなクフ王のピラミッドです。
  本来の高さは146mですが、現在は頂上部がなくなり137mです。
    
  C観光客用の入口から内部に入ります。
  現地ガイドのおかげで、1番のりでした

  Dカフラー王のピラミッド
  クフ王の息子、カフラー王の建造。
  大きさはクフ王のピラミッドについで2番目ですが、高台にある
  ため一番大きく見えます。 

  Eメンカウラー王のピラミッド
  カフラー王の息子、メンカフラー王の建造。ピラミッドの向こう側
  にはリビア砂漠が広がります。

  Fスフィンクスの建造目的は諸説あります。
  カフラー王の墓の守護のため造られ、顔はカフラー王、身体は
  ライオンという説も。全長57m、高さ20m。

  G途中から傾斜角度が変わるスネフル王(クフ王の父親)の屈折
  ピラミッド

  Hメンフィスに向う車窓から見えたココナツ椰子の木

  Iメンフィスは古代エジプトの最初の首都。
  現在は野外博物館となっている遺跡が主で、
  ラムネス2世の巨像と立像やアラバスター(大理石の一種)製の
  スフィンクスなどがある。

  Jサッカラに向う途中立ち寄ったエジプト絨毯の店

  K世界最古のピラミッド、ジョセル王の階段ピラミッド

  L一旦ホテルに帰り1時間程度の自由時間。この時間を利用して
  ホテルの周辺を散策。信号は基本的にない。現地ガイドの話では
  造っても守らないから造らないとのこと。 現地の人は上手く車を
  ぬいながら横断している。
  日本人にはとても無理、このため散策範囲も限られます。

  M夕食はベリーダンス(腰を激しく振りながら踊るアラブの
  ダンス)とタンターラダンス(ひたすら回転するというイスラーム
  の修行の一種をステージ化したもの)を楽しみながらでした。


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6日目(12月15日)

  カイロからアレキサンドリアまで約3時間の列車の旅です。

  アレキサンドリアは地中海に面したリゾート地。
  紀元前332年マケドニア王国のアレキサンダー大王によって建設
  され、女王クレオパトラがいた街でもあります。

  @アレキサンドリアの町並み
  エジプトは一部を除いて町が汚く雑然とした感じでした。
  (ビニール系のごみと砂漠の粒子の細かい砂の影響でしょう。)
  また、衛生状況は悪く、歯磨きもミネラルウォーターを使い、
  食事も生野菜や生ジュースは厳禁でした。
  (野菜を洗う水、ジュースに入れる氷が問題)
  全員気をつけていましたが、旅行に参加した6名の内、1名がお腹
  をこわしました。ハエがレストランにいてもあたりまえという感じ
  でした。

  Aポンペイの柱
  アスワン産の花崗岩でつくられた円柱で高さは約30m、
  かつては400本もの円柱があったとも言われています。

  「ポンペイの柱」以外にもグレコローマン博物館とカタコンベ
  (共同墓地)にも行きましたが、両方とも写真撮影は禁止
  でした。写真がないと旅の印象が薄れます。

  グレコローマン博物館は、約4000点の遺物を収めており、
  カイロのエジプト博物館と並ぶ代表的な博物館。
 
  B昼食取ったレストランから地中海を臨む。

  C湾の対岸のカイトベイ要塞

  D総面積8万5000uのアレキサンドリア図書館

  E日本製の車も走ってはいますが、現代の車が多く、KIAの車も
  目に付きました。

  F帰りの車両は古く(来るときの車両も新しくはない)
  トイレ(垂れ流し)の鍵はかからず、通路のドアも上手く閉まら
  ない状態でした。










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7日目(12月16日)

  
エジプト最後の日です。

  @目覚めてベランダに出ると、対岸のホテルの横の空き地あたりで
  火事です。14日の夕刻に散策したところです。

  Aムハンマドアリモスク
  エジプト独立の功労者ムハンマドアリによって1857年に建てられ
  ました。

  Bモスクから臨むカイロ市街地

  C昼食はナイル川に浮かぶ船上でした。

  Dオールド・カイロにある聖ジョージ教会

  E聖ジョージ教会の入口付近にある土産物屋の店先

  F見所のひとつエジプト考古学博物館
  館内には約12万点におよぶ古代エジプト文明の遺品や美術品の数々
  が並んでいます。館内へはカメラ持ち込み禁止です。

  G博物館の中でもツタンカーメン王の財宝が第一。
  ツタンカーメン王の副葬品は、ほとんどがここに展示されており、
  その価値はアメリカの国家予算1年分にあたると言われています。

  H2階にあるミイラ室にあるラムネス2世のミイラ
  エジプト考古学博物館の入場料は60エジプトポンド、
  ミイラ室は100エジプトポンド(約1600円、別料金)、高い。

  I夕食を取ったレストランの庭ではアエイシ(エジプトパン)を
  焼いていました。その後、シティスターショッピングモールで
  買い物です。

  J23:00にカイロを関西空港に向けて飛び立ちましたが、飛行機は
  やはり古いものでした。離陸時には、いつも以上に身体に力が入り
  ます。関西空港には、無事、17日の夕刻に着きました。


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